こけし山田の スキあらば海外

都内でフリーで働くおばちゃんのアジア旅の記録などなど 

芳年展を見て頭が爆発しそうだから吐き出しとく

先日に続き、また今回も!旅行記ではない!ものを記します。 

 

というのも、昨日観に行った練馬区立美術館の「芳年-激動の時代を生きた鬼才浮世絵師」で、あまりにも考えたことが多くて、自分の頭を整理するためにも吐き出しておきたいのですよね。

合わせて、まだ行ってない方のために、アドバイスという名の余計なお世話も焼いておきますね。

 

例によって目次!

 

 

デビューから円熟期まで時系列で観るからこそ気づけたこと

展示室の最初の1枚がね、芳年15歳のときの3枚組の浮世絵なのね。

デビュー作にして、1枚絵じゃなくて3枚組ですよ。

解説にも書いてありましたけど、それって異例の事態ですよ。

 

で、解説に15歳って書いてあるもんだから、ついつい「15歳でこれか!すごいな!」と年齢を絡めた感想になってしまいます。

そら、後に名を残す絵師ですし、上手いのよ上手いの。

 

しかし、そこから始まって、時系列で彼の作品をずーーーーっっと見ていくじゃないですか。そしたら後半になって気付くんですよね。

 

「あ。初期の絵って、ぜんぜん完成されてなかったんだ」と。

具体的にいうと、絵に盛り込まれている情報量がむやみに多い。

言い換えると、要素がてんこ盛りで整理しきれていない。

 

自分では絵を描かないくせに(でもだからこそ)、我ながら天才絵師の画業に対してひどい言いようですけど。

これって時系列で彼の画業を追って観たからこそ気づけけたことなんですよね。

 

もっと乱暴に言ってしまうと、

初期の絵:説明

後期の絵:表現

 

そんなことを考えながら彼の作品を見ていて思い出した自分のこと。

新卒で入った広告会社の上司に「お前の文章は、コピーじゃなくて説明文だ」と言われた件。すごいぞ!芳年!見る人(=私)の記憶まで呼び覚ましてきたぞ。 

 

加えて、後期になってから芳年独特の線の表現が出てきたからこそ、後で思い返すと「初期の絵は、銘を伏せたら誰が描いたかわからないな」と気付くんですわ〜。

ってことで、後期の作品はすごかった!の話へ

 

 

後期の作品が圧巻だから、気力と体力を温存しといてね

便宜的に「初期」「後期」とざっくりした表現を使っておりますけど、私の言う後期というのは、展示室でいうと「2」。

その中でも最後の最後に展示されている、用紙を縦に2枚使った作品群が私の激押しですよ。

 

だいたい展覧会って前半部分は観覧者が団子状になって固まってて、なかなか自由に見て回れない →→→ 後半に進むにつれ人がスッカスカになっていくじゃないですか。

(よほど後半に有名作がない限り)

 

芳年展も同じです。

初期の作品の部屋と血みどろ絵の部屋は人が多かったのですけど、表現が洗練されて「ここの作品こそ見どころじゃないの!?」っていう最後の部屋なんか、スッカスカ。

これから見に行かれる皆様におかれましては、前半はそんなに力を入れずに気力と体力を温存しておいて、後期の作品群に臨まれすよう。

 

ここで私が推す、2枚を縦に使った作品をば。 

(フリー素材に、展覧会と同じ絵があったので貼っておきます)

 

ご覧ください!画面を斜めに切り取る、真っ赤な屋根。 

目線を上から下へ、下から上へと動かしたときの気持ち良さったら。

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スマホがあるわけでもない江戸時代に、この圧倒的な縦長の表現方法。

縦長の浮世絵としては、これ以前にも鈴木春信の作品などで、「柱絵」と呼ばれるものがございます。名前の通り、柱に飾ることを想定した浮世絵ですよ。

でも、芳年のこれは柱に貼るにしては横幅が太いのね。

手元に置いて眺めるには、縦に長すぎるし。

んじゃ、どこに貼ってどうやって鑑賞していたのかな〜

などという想像も膨らんでくるのです。 

 

お次は、浮世絵のテーマとしておなじみの「八百屋お七」を描いたもの。

こんだけ縦長の用紙だからこそ、ここまでハシゴにフォーカスできるのね。

この作品もやはり、右斜め下に向かって画面が分断されておりますね。

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そういえばこれも、右斜め下に向かって線が入っているなあ。

芳年はこの構図が好きなのかなあ。

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なお、画像はこちらのサイトから。

海外サイトなので絵師の名前はローマ字入力でよろしくです。

https://www.freersackler.si.edu/collections/

「yoshitoshi」で検索すれば、どんどこ出てきます。

 

 

このサイト、拡大にも対応していて、隅々まで舐めるように観ることができます。

例えば、とある芳年作品の左下に記してある署名部分。

中華圏のネット表現で困ってる顔としておなじみの漢字「」が、明治の中に紛れていたんですね。

この字、芳年展の作品の中にありますから、探してみてくださいまし。 

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2018年8月18日追記

この「朙」、自分が見たことない漢字だったので、芳年が作字したものだと思い込んでいましたら、漢字として普通に存在していました。お恥ずかしい…。

 

 

観覧中に次々と湧き上がってくる疑問点。誰か教えて!

作品は作品として「わーー すげーーー」と鑑賞しつつも、それとは別に頭の中にどんどん湧き上がってくる疑問点。ちょっと挙げてみます。

 

1. 絵師にアドバイスする人はいたのか?

芳年の作品、初期と比べて後期は格段に洗練されているわけですが…… 

そこに至るまでに他者からのフィードバックの影響はあったのか?という疑問です。

例えば、現代の漫画家さんにはおおむね編集者が付いていてアドバイスをするじゃないですか。あるいは、SNSで読者から感想が届いたりしますよね。

江戸時代の絵師も、本人の切磋琢磨以外の、外部からのアドバイスや反響が影響を与えることはあるのか否か?  

 

2.シリーズ作品は誰が言い出しっぺするのか?

それに関連して、当時の出版事情にも思いを馳せました。

果たして、「月百姿」(月のある風景画を100枚セットで出す)などのシリーズものの場合、版元のオーダーありきなのか?

それとも絵師の希望ありきなのか?

両者以外に、プロデューサー的な立ち位置の人がいて企画するのか?

なにしろ、シリーズものを出し続けるには、出す前に「売れる見込み」が必要でしょ。ということは作家の「描きたい!」気持ちだけでは、どうにもならないと思うのね。

 

と、ここまで書いて気付いたけど、蔦屋重三郎について書かれた本に、そのあたりの説明がありそうな気がする〜 ここまで書いておいてなんだけど〜

 

3. 版下を彫るとき途中で失敗したらどうするの? 

浮世絵を見に行くと、髪の毛や目ん玉、着物の柄などの細かい部分を見るにつけ「彫った人すごいな〜 だってこれ、木版だよ?」って毎回思うのですけれど。

昨日は、そこから発展して「彫ってる途中で失敗したらどうするの?」という疑問が湧いてきました。だってこれ、木版だよ?

そこで、いくつかの選択肢を考えてみましたよ。

A:失敗した部分は削り、別の版木をピタッと貼り付けて彫り直す(最有力説)

B:気をとりなおして最初から彫り直す(私なら途中で彫刻刀をぶん投げる)

C:現代人の頭ではとうてい思いつかない、意外な方法でリカバリーする

 

などとね。観てるそばから、疑問がコンコンと湧き出てまいりましてね。

「ああ、こうやって考えるキッカケをくれることも、展覧会の醍醐味なのだわ」と思いました。久々に美術館に足を運んで本当に良かったです。

 

現代に通じる「血が見たい欲」「クリエイターは名を残す」件

最後にまとめのような、そうでないような話をしますね。

 

まず、ひとつめは、血への欲求について。

子供も含め、観覧者が多めに入っていた「血みどろ絵」の部屋にいるときに思ったのです。

「なんのかんの言って、残酷なシーンって見たくなるよね」って。

このとき私の頭に浮かんだのは、暴力シーンの表現力がやたら高いことでおなじみの韓国映画です。

暴力表現がキッツイのは承知の上で、いやだからこそ見たくなるんですよね、韓国のノワール作品って。 

前にキューバから帰国する飛行機の中で、猛烈に韓国ノワールを観たくなったことがありまして。

そのことをツイートしたら友人から来たリプライがコレ。

「ストレス溜まってるんじゃないの?」

そっか…… 私、キューバでストレス溜まってたんだ。

だから血を欲してたのか〜 と妙に納得したことがあるのです。

 

芳年の血みどろ絵を観ながら、そんな自分の記憶を掘り返していました。

芳年の絵が当時 人気を博していたのも、暴力と血への欲求があったせいかな? 明治の人もストレス溜まってたのかな? などと考えながら。

後世に残る作品というのは、現代人の頭の中と当時の人の頭の中をつないでくれるんですな。

 

ふたつめは、クリエイターの名前しか残らないこと。

上の方にも少し書きましたけど、浮世絵の彫り師って、相当な技術を持っているわけですよ。絵師の描いた無茶振りとしか言いようのない下絵を、木の板に彫っていくわけですからね。

もうホントにね、髪の毛や着物の柄、なんならまつ毛(!)とか、スゴいのよ細かいのよ。

でもね、彫り師の名前が浮世絵に書かれていることは、ほぼ無い(※)し、展覧会で解説に書かれていることもないわけ。

ぎょーえーーーーーー!あんなに大変な仕事してるのに……

※鈴木春信の「夕立」など彫り込まれているケースもあり

 

結局、後世に名前が残っているのは絵師だけなんだよなあ。

 

決まったことをきっちりやり遂げた人じゃなくて、新しい表現やらその人なりの表現を生み出したクリエイターしか後世に名前は残らないんだな〜 って。

昨日、改めて思ったことですよ。

 

 

と、芳年展に足を運んだがゆえに、頭の中にいろんな感情が湧いてきたり疑問が湧き出てきたり面白くて仕方ありません。

皆さんも、あんなことやこんなことが頭に浮かぶかもしれませんから、足を運んでみてくださいましね。(練馬区民かつ浮世絵ファンからのお願い)

くれぐれも後期の作品が圧巻ですので、そこに向けて気力&体力を残しておかれますように。

 

 

てな感じで、本ブログ初の美術館の鑑賞の感想、おしまい。